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ゲーリー・スチュワートの出生の秘密とゾディアック事件の犯人とは

ゲーリー・スチュワートの出生の秘密は、知らなければよかった・・と思うような内容でした。

アンビリバボーで紹介された、ゲーリー・スチュワートの出生に隠された秘密に迫ります。もし自分の父親がスチュワートと同じようなことをしていたら、あなたはどう思うでしょうか・・・。


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ゲーリー・スチュワートの出生の秘密は?

ゲーリー・スチュワートは、幼い時に養子として引き取られ、大切に育てられました。しかし39歳になったある時、実の母親から連絡があり養父母は考えた末に、ゲーリー・スチュワートへ伝えます。

そしてゲーリー・スチュワートは、実の母親と会うのですが、すでに離婚しており、父親のことを聞いても何も教えてはくれません。父親のことが知りたいと思ったゲーリー・スチュワートは、警察に調べて貰うのですが、返って来た内容はおどろくべきものでした。

その内容とは・・・

お前の父親はゾディアック事件の犯人だということ。ゾディアック事件とは一体どんな事件だったのでしょうか。

ゾディアック事件とは?

ゾディアック事件とは、アメリカ合衆国で発生した連続殺人事件で、犯人はまだ確定されずに捕まっていません。ゾディアックの意味は、犯人が声明文の中で使っていた自称のことを指しています。

ゾディアック事件は本や映画化されるほどの事件でした。その内容は・・・。

  • 1968年12月に17歳男性と16歳女性のカップルが射殺
  • 1969年7月に19歳男性と22歳女性が銃で襲われ死亡
  • 1969年7にゾディアックと名乗るものから、犯人は自分だと一部暗号化された多量の手紙の送付がある
  • 1969年9月20歳男性と22歳女性のカップルがナイフで襲われ、男性が死亡
  • 1969年10月29歳のタクシー運転手を射殺

この他にも計37人を殺している。助けてくれもう一人の自分がいうことを聞いてくれないとの連絡を最後に行方が解らなくなっている・・・。詳しく事件をみてみよう。

ゾディアック事件の内容

殺人鬼ゾディアックといわれた、アメリカで起こった凶悪な無差別殺人事件。動機不明の殺人を繰り返し、自分で警察に電話や手紙を送るなどの挑発行為を繰り返すが、最終的な被害者の数は不明のまま手紙を最後に闇に消えてしまっている。現在も犯人がわからない事件です。

最初の殺人

1968年12月20日、デビッド・ファラデーという少年とベティルー・ジェンスンという少女がデートをしていた。湖畔の小屋の横に車をとめ、二人がキスをしていたところを、ゾディアックが現れる。

ゾディアックは太った男で、拳銃を手にしていた。車から降りろといわれ少年は震えながら車を降りた瞬間、頭めがけてに弾丸が叩き込まれ即死。少女は叫び逃げようとしたが、追いかけて5発の銃を少女は打ち込まれ即死した。

2回目の殺人

1969年7月4日、最初の事件から半年たったある日、公園で23時過ぎ、一組のカップルが車の中で話をしていました。するとその時、一台の車が近づいて来て、2人が乗る車の横に停車。

中から男が降りてきて2人の車に近づいて来る。車のすぐ横に立った男は銃を取り出し、いきなり2人めがけて発砲。弾丸女性に2発、男性の首に1発命中し女性は死亡、男性はなんとか命をとりとめた。

ゾディアックからの1回目の犯行声明

2回目の事件後すぐに、警察にある男から電話がかかってきた。太いドラ声で一方的にしゃべって電話を切ったが、内容は2つの殺しの内容だった。2回めの殺人現場に急いで駆けつけたところ、打たれた男性にはまだ息があった。

病院へ搬送し処置を施したあと、男性は奇跡的に助かる。その時のゾディアックの姿を男性はこう語っている。

「太っていて、背は高くも低くもない程度、丸顔で髪はちぢれている、年齢は25歳から30歳くらい」

この2つの殺人には、犯行の動機や目的がまったくなく無差別の殺人事件だった。


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ゾディアックからの1回目の手紙

公園の事件から1ヶ月が経ったころ、新聞社にゾディアックと名乗るものから1通の手紙が届く。内容は殺しの生々しい内容で、「○」の文字の中に「+」(十字)が書かれた、照準器のようなサインがしてあった。

しかももう1通暗号文のようなものが入っていた。この暗号文は他の2社の新聞社にも送られており、この3通を合わせると内容がわかるというものだった。

そしてこの手紙を1969年8月1日発売の3誌に載せなければ、俺は車で走りまわって10人以上の人間を殺すだろうとも予告してあった。新聞で大々的に報道して欲しいという意図は何だったのだろうか。

3社は新聞に暗号文を掲載したが、解読した文は載せなかった。解読した文はこれだった。

俺は人殺しが好きだ。とても楽しいから、森でケモノを殺すよりも楽しい。人間は一番危険な動物だ。殺人は俺にとっては最高のスリル。女の子とセックスするよりも楽しい。

特にいいことは、俺が死んで楽園に生まれ変わった時、俺が殺した奴らはそろって俺の奴隷になるところだ。俺の名前(本名)は言わない。言えばお前たちは、将来、俺が生まれ変わった世界のために、今やっている奴隷狩りを邪魔するか、やめさせようとするからだ。

明らかに頭か精神がおかしいと思われる人間が書いたと思われる内容だった・・・。

3回目の殺人

新聞社に手紙を送りつけた2ヶ月後、新たに殺人事件がおこる。男女の学生が湖で食事をしていたときだった。覆面をかぶった男が木の陰から現れ、2人に近づいてきた。胸の部分には○に十字のマークが書かれてあった。

片方の手にナイフを持ち、男性に銃を突きつけ「金を出せ!」と叫び、怯える2人をロープでしばり始めた。そして・・・しばり終わったあと

お前らみたいな奴は殺してやる!と叫び2人をナイフでめった刺しにしたのだった。

ゾディアックからの2回目の犯行声明

このめった刺しの犯行のあと、ゾディアックはすぐさま警察に電話をしている。そして駆けつけた警察はまだ2人が生きていることを確認したが、女性は2日後に死亡、男性は命をとりとめた。

4回目の殺人

めった刺し事件から2週間後、また事件は起こる。今度はタクシーの運転手だった。ゾディアックを乗せたタクシー運転手はいわれたとおりに歩道に乗り上げ停車。

すぐさま後ろからゾディアックは、運転手の後頭部めがけて数発を発射。運転手は即死し、このときだけゾディアックは財布からお金を抜き取って逃走。

ゾディアックからの2回目の手紙

このタクシー運転手殺害から4日後、新聞社に手紙が届く。内容はこうだった。

「俺はゾディアックだ。タクシー運転手を殺したのは俺だ。(警察に対して)その気になれば、昨日俺を逮捕出来たのに残念だったな。

ところで、小学生というのはいいターゲットになる。いつか、スクールバス一台分皆殺しにしてやろうと思っている。タイヤを撃ち抜いて、ガキどもがバラバラ出て来たところを狙い撃ちにしてやる。」

この手紙が届いた時には、指紋の取得にも成功し、犯人が誰であるのかの特定が1つ1つ進んでいた。

ゾディアックからの3回目の声明

この手紙から10日後、警察にゾディアックから電話がはいる。これまでの事件を話したあと、ゾディアックは「自首することにした」と言いだした。

しかし下記の2つの条件があった。

「F・リー・ベイリーかメルヴィン・ベリーのような有名な弁護士をつけること」
「人気番組であるジム・ダンパーの朝のトークショーに電話出演して話をさせること」

警察はこの2つの条件を飲んで、テレビでの電話出演が実行されることになり、緊迫の中、番組中に本当に電話がかかってきた。しかし今まで殺害後の電話の声とは全く違う、か細い声で本人かどうかが確定できない。

ゾディアックを名乗る男は、少しの会話の後電話を切ってはまたかけ直すの行為を15回行った。その中でゾディアックは、

「去年12月に人を殺してからずっと頭痛に悩まされている・・。」
「今も頭がガンガンするようだ・・。」

と苦しそうに話したが、殺害後の挑発的な声とはまるで別人のようだった。結局自主はせず弁護士と2人だけで話がしたいということで、後日弁護士は指定の場所に出かけたが誰も来なかった。

ゾディアックからの3回目の手紙

それからゾディアックは弁護士宛に4回目の手紙をだしている。内容は助けを求めるものだった。

「俺は自分から助けを求めることが出来ない。俺の中のもう一人のあいつがそうさせてくれないからだ。だんだん自分にブレーキをかけられなくなっているのが分かる。そのうちブレーキが壊れて、9人目、10人目を殺してしまいそうだ。

助けてくれ。俺は溺(おぼ)れかけている。」

こういった助けを求める内容だったが、スペルもメチャクチャで、精神状態がかなりひどい状態だとわかった。

それからもゾディアックから警察に7年間の間数回に渡り手紙が届くが、内容は殺人をおかしている人の数がどんどん増え、最終的には37人だと書かれた1974年の手紙を最後に、音信不通となってしまった。

結局無差別に40人近くの犯人不明の殺人が行われていることがわかるが、そのごゾディアックがどうなったのかは、今もわからないままである。

 

ゲーリー・スチュワートは自分の父親のことを調べる中で、様々なことが一致しているという理由で、自分の父親が犯人なのではという考えにたどり着く。しかし証拠がない。

父親のゾディアックことアール・ヴァン・ベスト・ジュニアは、子供が嫌いでカバンの中に入れられて育てられたゲーリー・スチュワート。

その後、カバンごと捨てられたゲーリー・スチュワートは、保護され養子として育てられるのだが、ある日みたテレビ番組で父親の写真とゾディアックの写真が全く同じだということを知る。真実を知りたい。

そこから執念で調べあげた結果、1984年5月20日、父親はかの地のホテルで、「胃の内容物逆流が原因の気道閉鎖による窒息」で亡くなっていた事実を2012年に突き止めた。同時にこれはゾディアック事件が終わったことを意味している。


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