8年越しの花嫁のあらすじとネタバレ!病名や現在と映画の主題歌も!

12月16日に8年越しの花嫁が全国ロードショ-されますね。この映画が話題なのは実話を元にして作られているから。

また本も出版されています。映画を見に行きたいなと思っていても、行けない時もありますよね。8年越しの花嫁のあらすじはどんな内容なのでしょうか。

ネタバレや病名、映画の主題歌と共にお届けします。


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8年越しの花嫁のあらすじ

8年越しの花嫁のあらすじです。

尚志と麻衣の出会いは2006年。2人は惹かれ合い2007年3月に結婚することに。しかし結婚式の3ヶ月前、突然の病気が麻衣を襲い昏睡状態となってしまいます。

麻衣をずっと待ち続ける尚志。麻衣の両親に「もう諦めて」と言われても諦めきれず麻衣の側に居続けました。

そして6年が過ぎたころ、麻衣は目を覚ましたのです。喜ぶ家族と尚志。しかし麻衣には過去の記憶がありませんでした。

そんな2人の運命は・・・。

8年越しの花嫁のネタバレ

あらすじをみて興味をもったけれど、映画は見に行けないという方にネタバレも用意しました。

映画館でみた方がいい。本を読んでみたい人にはおすすめできません。興味はあるけれど映画はみない、どんな話だけか知りたい人向けです。

8年越しの花嫁のネタバレ

西澤尚志さんと中原麻衣さんは、2006年に合コンで知り合い意気投合、交際がスタートしました。そして交際1年後の記念日に結婚を決めた2人。

半年後に迫った結婚のため、2人は岡山にあるアーヴェリール迎賓館という結婚式場で予約をします。しかし結婚式が3ヶ月後に迫ったある日、式の打ち合わせをしている時に麻衣さんがぽつりと最近頭痛が酷い上に「今日何をしていたか記憶がない」と言い出したのです。

そんな中麻衣さんは夜、奇声をあげながら叫ぶ、見えないものが見える、暴れるという行為を繰り返す様になりました。「怖い!死にたくない!!」と叫ぶ麻衣さん。

原因が解らないまま困惑した両親は麻衣さんを精神科につれていき、少し入院し様子をみることになりました。

しかし入院して3日後、麻衣さんに異変が起こります。いきなり心肺停止状態になったのです。

これは何か違う原因があるはずだと、麻衣さんは大学病院へ緊急搬送されました。

病院で調べるも原因が解らないまま、麻衣さんは脳は生きているものの、意識が戻らず人口呼吸器だけて生きている状態になってしまったのです。

意識が戻るかもう戻らないかも解らない状態に、なった麻衣さん。

それでも尚志さんは結婚式をキャンセルせずに、事情を説明して延期をいう形を取って貰いました。

そして必ず麻衣さんは意識を取り戻すと信じ、平日は仕事があるため2時間かけて病院へ向かい出勤前の1時間、休日は3回ほど麻衣さんの元を訪れ、むくんで別人のようになった麻衣さんの身体を献身的にマッサージし、耳からの刺激が脳によい影響を与えるのではと、麻衣さんが好きだった音楽を流し、ずっと麻衣さんの意識が戻るのを待ったのです。

そんな中5ヶ月が過ぎようとしたころ、麻衣さんの病名がやっと検査から解ったのです。

病名は抗NMDA受容体脳炎。卵巣に腫瘍ができて奇形腫になり脳を攻撃する脳炎。

最近解明された難病で、腫瘍をなんとかしようと身体が作った抗体が脳を刺激し、身体に障害を引き起こす病でした。

しかし手術で卵巣の腫瘍を取り除けば、治る可能性もある。一筋の光が麻衣さんの家族と尚志さんに見えたのです。


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結婚式の予定から2ヶ月過ぎた、2007年5月17日に麻衣さんの手術が行われました。

意識が戻って5ヶ月前の元気な麻衣が帰ってきて!!

祈るみんなの期待とは裏腹に、麻衣さんの意識は手術をしても戻りませんした。

母は「痙攣が止まらない、回数は一向に減ってくれない。手術前よりは良くなったと思うけど、麻衣じゃない」「面会の間、ずっとけいれんをしていた。何回も何回もブルーになって、立ちなおり、もう限界」

と日記につづっているように、看病の日々も精神ももうズタズタになっていました。

そして意識が戻らないまま1年が過ぎました。

相変わらず、1年間毎日のように麻衣さんの元を訪れて、話しかけたりマッサージをする尚志さん。そんな彼をの姿をみていた両親は、尚志さんに「もうあなたの人生もあるのだから、違う人を探しなさい」麻衣はあなたのそんな気持ちだけで幸せだと伝えます。

家族でも無いのだから、あなたは麻衣を待たなくてもいいのだと。

しかし尚志さんは、諦めない、意識はきっと戻る、もう一度麻衣さんの笑顔がみたいからと、側に居させて欲しいと両親に頼みます。

泣きながら、いいの?本当に麻衣でいいの。意識は戻らないかも知れないのよという母。そんな中でも尚志さんの気持ちは変わりませんでした。

色々な疲れや葛藤がある中で入院から529日目。約1年半が経った時でした。

麻衣さんが目を覚ましたのです!

驚きと喜びがこみ上げて来たのもつかの間、麻衣さんは目だけは動かせるだけで表情は同じ、言葉も通じない状態でしかありませんでした。

生きて目は開いているけれど、話もできない、感情もないそんな状態だったのです。また記憶もありませんでした。

麻衣さんは目が開き、意識は戻ったけれど、脳が生まれ変わった状態。いわば生まれたての赤ちゃんのような感じだったのです。

そんな状態でも尚志さんは諦めませんでした。

しかしある日、いつものように尚志さんがマッサージをしながら話しかけていると、麻衣さんが笑ったのです!無表情だった麻衣さんに変化が訪れました。

そして麻衣さんはリハビリ病棟へ移ります。すでに2年の日が過ぎていました。


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リハビリ病棟では毎日少しずつ、子供が1から習得していくように、麻衣さんも絵を書いたり、字を書く練習をしたりと、少しずつ進歩していきます。

入院から5年が経ったころ、麻衣さんはやっと話せるようになりました。記憶も少しずつ戻って来ているのか、友達の話などを話すように。

しかし色々な記憶が戻る中で、麻衣さんの中には尚志さんとの記憶だけがありませんでした。

愕然とする尚志さん。麻衣さんに「麻衣…僕のこと、覚えてない?」と問いかけます。

戸惑う麻衣さん、そして「…そうみたいです。ごめんなさい」とつぶやき、「でも、私、がんばります、思い出せるように、絶対」と答えました。

そんな中、麻衣さんは尚志さんのことを思い出そうと、思い出の場所を歩き、思い出話をきき、一生懸命思い出そうと頑張ります。

しかし一向に麻衣さんの尚志さんに対する記憶は戻りませんでした。

苦悩する麻衣さんを見た尚志さんは、麻衣さんに「もう、無理しなくていいよ、これからは、ちゃんと自分を大切にして生きてほしい」と麻衣さんの元から去ることを決心しました。

せっかく元気になり、それなりの記憶も戻った麻衣さんでしたが、自分のことを思い出せない、それを苦悩する麻衣さんを苦しめるのは違うと尚志さんは思ったのです。

麻衣さんが倒れてから5年が経った2012年のころでした。

麻衣さんにはもう会わない。そう決めて麻衣さんに背を向けた尚志さんには、涙が溢れていました。

そして思い出を消し去るかのように、努めていた会社をやめ、岡山をでて違う土地で新しい1歩を踏み出すことにしたのです。

入院から6年が経った2013年4月。1555日目。

麻衣さんはついに退院することができました。しかしまだしっかり歩くことができず、車椅子の生活は続きます。

毎日のリハビリを続けさらに1年が過ぎようとしたころ、定期検診で医師に卵巣の腫瘍は取ったけれど、子供は産めますから安心してくださいねと言われ、ふと脳裏の尚志さんのことが浮かびました。

彼はどうしているのだろう・・。しかし麻衣さんには尚志さんの記憶がまだありません。

そんなある日のこと、麻衣さんの元に結婚式をあげる予定だった、アーヴェリール迎賓館のプランナーから連絡がありました。

アーヴェリール迎賓館ではキャンセルされた顧客情報は破棄する筈なのに、ずっと尚志さんと麻衣さんの顧客ファイルだけは残されていたからでした。

理由は結婚式をあげるはずだった7年前の3月17日から、7年間ずっと尚志さんが毎年その日を予約し続けていた、と。

姿をけした尚志さんは今年の分も既に予約してくれていたのですね。


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それを聞いた麻衣さんは、あることを思い出しました。携帯電話です。

思い立ったようにその使わなくなった古い携帯にかけられていたパスワードに0317と打ち込みました。

開いた!ずっとみることができなかった携帯が開きました。

携帯電話はその時を待っていたかのように、次々とメールの受信を始めたのです。

毎日の気持ちをずっと送りづつけていた尚志さん。

寂しい、愛してる、また会いたい・・・。様々な尚志さんの気持ちが詰まったメール。それを読んだ麻衣さんはいても立ってもいられず、その日に尚志さんへ元へ出かけました。

そして2人は廃校になった運動場で再び出逢いました。

麻衣さんは思い切って伝えます「…どうしてもお礼が言いたくて…。ずっと待っててくれた。信じてくれて…そばにいてくれて…でも、まだ思い出せない」

「でも、それでもいい。だって…私、尚志さんのこと…もう一度好きになったから。もう一度って…なんかヘンな言い方だけど」

それを聞いた尚志さんは、「俺はずっと好きでした」と。

そしてまだ1人では歩けない車椅子の麻衣さんを支え、手を取り立ち上がらせた尚志さん。1歩ずつ前にゆっくり歩く麻衣さん。

「歩こう…一緒に。これからも、ずっと」と尚志さんは2度めのプロポーズをしたのです。麻衣さんはは泣きながら何度も頷きました。

麻衣の記憶が戻らなくても構わない。これからまた一緒に、新しくつくっていけばいいのだから…。尚志さんはそう心につぶやきました。

尚志さんは岡山へ戻り、8年後となった2015年3月17日に2人の結婚式が行われました。

結婚式では自分の足で立つ麻衣さんの姿がそこにありました。麻衣さんは自分で立ちたいと、過酷なリハビリを頑張ったのです。

両親に支えられながら、バージンロードを自分の足で歩く麻衣さん。 そして…愛する尚志さんのもとへゆっくり歩きます。

二人は8年越しに永遠の愛を誓ったのでした。

 

結婚式の様子の動画がありましたよ^^

そしてネタバレ的な動画も^^

8年越しの花嫁の現在は?

2015年3月17日に結婚した尚志さんと麻衣さんは、現在麻衣さんの実家で暮らしています。

そして子供も無事に生まれ幸せな毎日を送っているとのことでした。

一度は2人の記憶が無くなったしまった過去はありますが、これから2人で幸せな思い出をもっと築いていって欲しいなと思います。

その中で、麻衣さんの記憶がある日戻ったら、凄く素敵だな・・と思います。


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病名の抗NMDA受容体脳炎とは

抗NMDA受容体脳炎は脳の病気の1種で、脳の興奮性神経伝達物質に自己抗体ができることによっておこる急性型の脳炎です。

現在は治療により高率での回復も見込める病気ですが、その症状の様子が「悪魔に取りつかれた」と言われるほど、昔は原因がわからず悪魔払いが必要だともいわれていました。

2007年1月に提唱された病気なので、まだ解明されて新しい病気です。

卵巣の奇形腫などに関連して発生するともいわれていますが、腫瘍がなくても発症する人もいます。また興奮、幻覚、妄想などいわゆる統合失調症様症状が急速に出現するのが特徴といわれています。

日本では若い女性を中心に年間1000人程度が発症していると推定されているそうです。

抗NMDA受容体脳炎の前触れ

抗NMDA受容体脳炎は、激しい頭痛が発端になります。しかしMRIでも異常は見つかりません。その後頭痛がおさまると、今度は会話などに不自然な様子が見られることも。

さらに叫び声を上げるなどのパニックを起こし、路上に倒れこむ、寝ている時に身体が変形するような動きをするなどの症状がでてきます。

この状態になった時に、精神科へ駆け込み、医療保護入院(強制入院)がとられますが、呼吸困難などに陷り大きな総合病院でやっと抗NMDA受容体脳炎という判断がおりることが多いようです。

すべてがこのような状態になるわけではありませんが、やはり原因がわからない、どうしていいのかわからない状態になってしまうので、この抗NMDA受容体脳炎という病気をしっているだけでも、早めの対策がとれる1つの方法にはなると思います。

下記に抗NMDA受容体脳炎になった方の症状を動画でみることができます。

やはりこのようになってしまうと、家族はどうしていいのか、動揺しわからないというのが現実だとおもいますが、早期治療で治る病気ですので、このような病気があることを覚えておいてください。


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8年越しの花嫁の映画の主題歌は?

8年越しの花嫁は映画化され、12月16日から全国ロードショーが始まります。

西澤尚志さん役に佐藤健さん、中原麻衣さん役に土屋太鳳さん主演、瀬々敬久監督で実話をもとに映画化されたものです。

ネタバレは話の流れをざっと書いているものなので、実際に映画や本で見るとまた違う感情などが湧いてくるのではないかと思います。

その中で映画の主題歌となっているback numberの「瞬き」を聴くとより、臨場感あふれるかと思いますので、一度お聞きください^^

書籍のカスタマーレビューはこのような感じです

婚約者が病気になってそれを支える人たちの言葉がつづられています。
とても切なく涙があふれます。
映画化が楽しみです!
愛の深さを感じさせられた
最高に素敵な本でした。
おススメです!
実話を元にドラマチックに盛り上げるのではなく、淡々とその時の記録と、家族の想いが綴られています。その脚色のないシンプルさがかえって心に刺さり泣けます。

野良のまとめ

家族なら待てるけれど、恋人なら待てるだろうか?

また家族でもやはり意識が戻らない状態が続くと、精神的にやられてしまう中で、尚志さんの存在は大きな力になったに違いないと思うのです。

そんなもう一度元気な麻衣さんに会いたい。この一途な思いが麻衣さんをもう一度元気な姿で回復させた大きな力だったと感じます。

誰かが誰かを思う。この思いは届くのだなと改めて人の思いはすごい力を持っていると感じました。

そして多くの病がある中で、抗NMDA受容体脳炎という病気があることを知れたこと、これも自分にとってはとても大事なことでした。

女の子を持つ母親には是非、このような病気があるのだということを1人でもいいので知っていて欲しい。早期発見で治すにはやはり情報を知っているかいないかで、その先の人生が違ってしまう時があるのだということを切に思うのです。

映画を通して人の思いと、病気についての2つを胸に刻めるいい作品だと思います。


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